鞍馬寺

鞍馬蓋寺縁起による鞍馬寺の歴史

鞍馬蓋寺縁起という書物によると、鞍馬寺は、奈良時代末期、宝亀元年に奈良、唐招堤寺の鑑真和上の高弟、鑑禎上人は、正月、夢の中で白馬に導かれ鞍馬寺に登山、その途中鬼女に襲われたところ毘沙門天に救われ、毘沙門天を祀る草庵を結んだとあります。

その後、桓武天皇が長岡京より平安京に遷都して2年、延暦15年のこと、当時造東寺長官だった藤原伊勢人が観世音を奉安する一宇の建立を願います。

夢のお告げで白馬で上った鞍馬山は鑑禎上人の草庵があり、そこで毘沙門天も観世音も根本一体と夢のお告げが再びあり、毘沙門天を奉安し、そののち、千手観音を造像し祀ったとされています。

文人も多く訪れた鞍馬寺

都から遠く深い山の中、霊山と呼ばれる鞍馬山にある鞍馬寺、それでも多くの文人がSNAKE意に訪れたといいます。
藤原道長、頼通、さらには平安王朝に使える多くの女流文学者もこの鞍馬寺を訪れています。

随筆枕草子を書いた清少納言は、枕草子の中で鞍馬の九十九折の道の事を書いていますし、菅原孝標の女も更級日記で鞍馬寺への参詣の様子をかいています。

源氏物語で有名な紫式部は、その物語の若紫巻で光源氏が紫上の少女時代、若紫とであったのが北山のなにがし寺としていますが、これが鞍馬寺であることがリアルな描写によってわかります。

武将たちからも篤く崇敬された鞍馬寺

源義経、幼名牛若丸はみなさんもよく歴史などでその名を聞くことがあると思います。
7歳の時に鞍馬寺に入山、16歳あたりにここを出て欧州平泉に下りました。

牛若丸は昼間は東光坊で仏道修行にはげみ、夜は僧正ガ谷において天狗に兵法を習ったという伝説があります。

南北が内乱に陥った時代に書かれた文書なども寺に多く残されていますし、戦国時代の武将、武田信玄、徳川家康、豊臣秀吉等が鞍馬寺にあしげく戦勝祈願に訪れ、豊臣秀頼は由岐神社拝殿を再建したということでも知られています。

自然がそのままに残る鞍馬山の魅力を堪能できる展示室

鞍馬寺は鞍馬山自然科学博物苑として山全域を名付け、ずっとその自然と生きものたちを守り続けてきました。

鞍馬寺は現在も人の手が加わっていない真の自然林を見ることができる数少ない場所です。
複雑な地形を持っていることで、独特な景観を見ることができるというのも鞍馬山の魅力です。

この鞍馬山を守り、美しい自然を近くで見る事の出来る場所として、鞍馬山、鞍馬寺は高い注目を集めているのです。

1階には豊かな自然と鞍馬の植物、生きものなどを知る事が出来る展示が楽しめ、2階の寺宝展覧室では、鞍馬寺が所蔵している絵画、書、工芸品や考古遺物等の一部が展示、公開されています。

鞍馬寺へのアクセスは京阪電車なら出町柳駅から叡山電車鞍馬駅で下車、阪急電車は河原町駅で下車、市場大橋をわたり京阪電車祇園市場駅から終点出町佐倉駅下車、叡山電車で鞍馬駅に向かいます。

地下鉄の場合、東西線三条京阪駅で下車、京阪電車山上駅から出町柳駅、叡山電車で鞍馬駅へいきます。

JR奈良線の場合、東福寺駅で下車、京阪電車東福寺駅から出町柳駅下車、叡山電車で鞍馬駅へ向かいます。
JR京都駅からバスに乗る場合、京都バス17系統、大原行、出町柳駅前下車、叡山電車鞍馬駅へ行きます。