軍艦島

世界文化遺産として登録されている軍艦島

軍艦島は通称で正式名称は「端島」という長崎県長崎市にある島です。
明治から昭和にかけて海底炭鉱として大いに栄え、当時は東京以上の人口を誇っていたといいます。

しかし次第に産出量が少なくなり、庄和49年、閉山となりこれにより島民は島を離れ現在は無人島となっています。
長崎港から南西、海上の約17.5kmの位置にあり、元々は南北約320m、東西約120mという小さな瀬でした。

1897年から1931年にかけて小さな瀬と周囲の岩礁、砂州を人工的に6回、埋め立て工事を行い3倍の面積に拡張し、南北に480m、東西に160mという島になりました。

現在は釣り人の憧れの地と呼ばれるほど、魚の宝庫といわれています。
付近の海域は非常に潮の流れがきつく、少しの風でも波の様子が一変するということもあります。

この潮の流れのきつさと風によって一気に様相が一変するということについては、軍艦島の桟橋が何度もコンクリートごと吹き飛ばされ流出し、改良に改良をくわえたドルフィン桟橋となっているところを見ても納得できます。

廃墟ブームに乗り一躍脚光を浴びた

確かに遠くから見ると軍艦のような形に見えるこの端島は、2000年代に入り近代化遺産として注目され、また廃墟ブームの中でも一躍注目の的となりました。
もちろん無人化のため、建物の崩壊なども起きていますが、人が暮らしていた痕が残りながらも廃墟となっている姿が何とも魅力的と人気があります。

以前は企業が所有していたのですが、2005年に高島町に無償譲渡となり、その後、2005年長崎市に高島町が編入したことを機に、長崎市に継承されました。

建物が老朽化しているということで長く立ち入りが禁止されていたのですが、2005年、報道関係者限定で上陸が許可となり、2009年には島の南部に整備された通学路に限って上陸、見学ができるようになっています。

都市並みの施設があった軍艦島

端島にはこの地で暮らす人たちの集合受託があり、このうち、7階建ての30号棟については、大正5年に日本初の鉄筋コンクリート造の高層アパートとして建設されたものです。

これを皮切りに長屋を高層化したと感じる社宅、高層アパートが次々に建設されました。
この中には売店があり、保育園や警察派出所、郵便局、さらにはパチンコ店まであったというのですから驚きです。

各棟を結ぶ通路は複雑に入り組んでおり、雨が降っても傘をさすことなく島内を歩けるといわれていたといいます。

端島は軍艦の形に見えるということから軍艦島と名がつけられた島ですが、もっともよく軍艦に見えるのは長崎半島最南端の野母崎半島から見た端島だそうです。

軍艦島には周遊プランがある

軍艦島には周遊プランがあり、その軍艦といわれる端島の姿をゆっくり見学できます。
また上陸ツアーもありますので、上陸してみたいという方はぜひ、世界遺産にも登録された軍艦島へ行ってみましょう。

上陸ツアーは軍艦島デジタルミュージアムで受付しています。
ここまでのアクセスはJR長崎駅から20分、大浦天主堂下下車徒歩1分、バスの場合、長崎駅前南口から30番、40番に乗りグラバー園入口で下車、徒歩1分かかりません。
お車の場合、長崎自動車道、ながさき出島道路経由、大浦天主堂方面です。